未知よりの薔薇
最近、私は竹本忠雄著『未知よりの薔薇』を読んでいます。竹本忠雄氏とは筑波大学名誉教授で、東西文明間の深層の対話を理念として美術・文芸評論で活躍。特にアンドレ・マルローの側近・研究家として国際的に著名な方です。
鈴木大拙、三島由紀夫、川端康成、美輪明宏、石原慎太郎など、時代を代表する多くの著名人と交流を持ち、様々な奇跡的体験を繰り返した波乱に満ちた自叙伝は、知人に「生きていく上で精神的支柱となる本」と勧められて読み始めました。
自叙伝は最後のフランス生活から帰国し、三田寺町の常林寺で一本の素朴な薔薇の小木を見て、若き日のある夢を想起することから語り起こされます。
常林寺は私の住む高輪のマンションから程近いので、今日は散歩がてら小庭園を散策してきました。古い町名が「三田寺町」と云われるとおり、低い屋根の寺がニ十軒ほど集まり、開かれた空がとても広く感じられる一廓にあります。
「曹洞宗乕嶽山常林寺」と扁額のかかった山門をくぐると空気は一変、見事な小庭園が目を奪います。竹本氏は「数ある近辺の寺々の中で、なぜか、この寺にのみ心惹かれて何度も通うようになった。そこで必ず一本の木の前で足を止める。何の変哲もないその薔薇の小木は、花もなければ匂いもない。ごく希に二輪、三輪といった程度に朱い花を咲かせ、薔薇の木だったと気づいた時、私は遠い夢を呼び覚まされて不思議な感動に襲われた。一本の木を、こんなに熱心に眺めたことはなかった」と言います。
パリ文壇にデビューし、民間初、日本大使館の文化技術顧問として活躍したフランス留学時代。筑波大学では「科学・技術と精神世界」という、研究者としてはタブーであった精神世界に踏み込み、学問的には異端児と評されることもありながら、自身の信念のもと、霊性の世界に真摯に対峙し続けた。そんな、竹本氏の揺れ動く魂の軌跡が一本の薔薇の小木から始まります。
勇気と哀しみと驚異に満ちた叙事詩にご興味のある方は是非ご一読を。